「荒れ野」を旅して―ワールドユースディ・ケルン大会
ワールドユースディ・ケルン大会(世界青年大会)が終り、飛行機も落ちることなく日本に戻って早一ヶ月が過ぎましたが、「あの大会は、自分にとって何だったのか、どんな意味があったのか」、ここで振り返ってみたいと思うのです。
私は日本巡礼団事務局の一人としてケルン大会に参加しました。九人の事務局員は約一年半かけて、巡礼する青年たちが安全に、そして多くの「糧」をこの旅で得ることができるように、(自分たちの力の範囲ではありますが)一生懸命準備してきました。そして八月九日、ついにヨーロッパへ向けて出発。ドイツでの本大会の前に、日本の巡礼団はルクセンブルグ国で一週間のホームステイを体験。私自身、優しいご家族のお世話になり、毎日ビールも頂き、文字通り「薔薇色」の日々を送りました。その余韻に浸りつつ本大会のため、八月十五日ドイツに入りますと、予想以上の環境に愕然としました。まあ宿泊先での寝袋生活やシャワーのない環境はともかく、支給されるはずの食事が支給されない、電車に乗るために並んで待っていれば、「もうこの路線は動きません」のアナウンス。計画も何もあったものではありません。
勿論日本で立てた計画が、全て予定通りに行われるだろうとは思いませんでしたが、ここまでスケジュール通りに行かないとも思っていませんでした。日々のスケジュールは、多少の遅れも考慮してある程度幅を持たせていましたが、「ある程度」では収まらない遅れの前に、怒るよりも呆然としながらの毎日でした。
そのような中、私が毎日(コッソリ)黙想していた聖書の箇所があります。それは「イエス様の四十日間の断食」の場面です。イエス様は公生活、福音を告げ知らせる旅に出られる前、荒れ野へ行き四十日四十夜断食されます。そして悪魔の誘惑を受けられたと『福音書』にあります。何故イエス様はあえてこのような場所に身を置かれたのか、それは危険が常に目の前にあり、自分の持つ力だけではどうにもならない状態に自らを追い込むことによって、「本当に頼るべきものは何か、私たちはどなたに仕えるべきなのか」を明らかにするためだったのではないでしょうか。
「荒れ野」、それは非日常の場所であり、様々な苦しみや誘惑を受ける場所です。しかし同時に「荒れ野」は、「裸の状態」「裸の心」で父である神に向き合うことができる場所でもあるのです。私にとって今回の旅は、正に「荒れ野」の旅でありました。澄まして身に着けていた「よそ行きの服」が見事に剥がされ、「裸の心」で神様と向き合わざるを得ず、しかしそれによって「ただ主に仕えよ」という聖書のことばを、身をもって実感できたと思っています。
事務局員として行った私も、実に多くの「糧」を得ることができました。祈ってくださった皆様、本当に感謝いたします。…しかし、告白してしまいますと、二十五日成田に降り立った瞬間は、神様や皆様への感謝より、「生きて帰れたー! ヨカッター!」という思いが、先に出てしまいました。イケナイワタシヲオユルシクダサイ…(><)
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