日曜日の恵みを思い出しましょう
典礼の長い年間の時期は始まったばかりですが、日曜日について考えてみましょう。クリスチャンの共同体のバイタリティと生き方は、その日曜日の意味によるものです。
1)日曜日はまず復活の日になっています。毎日曜日に復活の記念によってクリスチャンは希望を頂きその希望を養います。その希望がない社会のただ中に生きるクリスチャンに復活したキリストに開かれた永遠の道が与えられています。この希望を祝わないとすぐその希望が消えてしまいます。
2)日曜日は教会の日です。日曜日に教会は自分の起源、由来、アイデンティティ、使命と運命を思い出します。日曜日にクリスチャンは一人一人違った考えをもったにもかかわらず、一緒になって一つの(同じ)信仰信条を告白し、同じ天の父に祈り、同じ糧で養われています。その集いに参加しない信者は、だんだん信仰の共同体から離れてしまいます。
3)日曜日は感謝の祭儀(ごミサ)の日です。日曜日に信者はキリストによって与えられてきた恵みと救いを感謝します。このごミサはクリスチャンの生活の聖泉と頂点です。参加しない信者や義務だけで参加するクリスチャンは、信仰を生かす経験を欠ける者です。
4)日曜日は神のみことばの日です。日曜日に信者は自分の人生を照らすみことばを皆と一緒に聴きます。平日の六日間の間に違った音声と言葉を聞きます。日曜日にみことばを聴くことができます。そのみことばに耳と心を開かない信者は、命をもたらすみことばを失う者になります。
5)日曜日は兄弟愛の日です。初代教会は復活されたキリストを記念するために毎日曜日にごミサ(感謝の祭儀)と貧しい人への施しを行いました。日曜日にはただの典礼だけでなく、連帯感も生かす日になっています。それ故その日にお互いに平和と許しを与え合い、友情を生かし、貧しい人を思い出し、そしてかれらと持ち物を分かち合い(献金)する時です。貧しい人(必要とする人)を認めない信者は日曜日を祝う意味を知りません。
6)日曜日は休みの日です。生きるのは全て仕事する事だけではありません。そう思う人は神と共に休む事が人間の運命だと知らない人です。福音を聞いていない人です。 |